Sala do Exame Privado JPN
個人試験の間
王宮としてこの建物が使われていた時代、この空間は王の寝室として使われており、その後学部生が試験を行う場所として使われるようになりました。試験は日没後の口頭試験として行われていました。個人的な性質のものであり、すなわち受験生と教授以外は部屋の中には入れませんでした。
この試験は18世紀後半、ジョゼ1世の統治下でポンバル侯爵により行われた改革により廃止されるまで続きました。
これら改革によりポルトガルの教育に革命が起こり、啓蒙主義の考えや価値観が導入されたことで本学は多大な影響を受けました。最初の大きな変革は、イエズス会士の国外追放でした。その後大学で、特に物理学や化学、生物学や天文学といった新たな分野での研究の導入を目指す大きな大学改革が続きました。
この目的を具体化すべくポンバル侯爵は、本学の空間を変革する一連の工事を実施し、植物園や天体観測所がパッソ・ダス・エスコーラスに設置されたものの、1950年代に取り壊されました。イエズス会の追放により空いた建物の再利用も続きました。旧イエズス会食堂には化学研究所が、イエズス会の元本部だったコレージオ・デ・ジェズースには、物理研究室と自然科学ギャラリーが設置されました。今日ではこれらの場所は、本学科学博物館の一部となっています。
この部屋の天井は1701年に遡るものです。ここではポルトガル王国と、本学の主要学部の紋章を見ることができます: 神学部(十字架と太陽)、法学部(はかりと剣)、医学部(コウノトリとカドゥケウスの杖)そして教会法学部(教皇冠)です。
部屋の壁には、16世紀から18世紀まで38名の学長の肖像画に加え、各学長の任期も目にすることができます。凡例では各学長の在位期間の年月日数が記載されています。現在では学長の任期は最大で8年(4年の任期×2回)に制限されています。
ご存知でしたか?
• ガルシア・デ・アルメイダ(1つ目の肖像画)は、この部屋に飾られた学長のうち唯一修道会に属さなかった人でした。
• 歴史上リスボンに位置していたこともある本学のコインブラ移転が決定後の1537年10月13日にこの部屋で、学長と教授陣による最初の「会議」が開催されました。
• マヌエル・デ・メネーゼス(6つ目の肖像画)は、本学の元学生として初めて学長になりました。